今、チベット人僧侶による、焼身による抗議が相次いでいます。
彼らは、命も、僧侶として積み重ねてきた修行も、すべてを捨てて、ベットの置かれてる現状をアピールしなければいけないほど、追いつめられているのです。
今、チベットはこれまでに想像もできないほど、私達を必要としてます。
日本在住のチベット人たちが、中国政府に、下記の五項目を要請するオンライン署名サイトを作りました。
ご賛同いただけるかたは、ご協力ください。
(1)焼身自殺をはかった現場から連れ去られ、居場所も容態も生死さえ明らかされていないケルサン・ワンチュク、ロブサン・ケルサン、ロブサン・クンチョクの況を公表し、人道的な処遇をすること。
(2)ンガバ弾圧をただちにやめること。
(3)キルティ寺院から武装警察と軍隊を撤退させること。
(4)チベット人がチベット人として修行や信仰することに一切干渉しないこと。
(5)該当地域での、中立な国際メディアの取材や国際人権団体の調査を認めること。
http://apply.sftjapan.org/kirti/
参考資料:
◆TCHRDリリース(和訳済)
http://sftjapan.wdfiles.com/local--files/nihongo%3Anews/ngaba_01.pdf
◆ンガバで何が起きているのか
http://sftjapan.wdfiles.com/local--files/nihongo%3Anews/ngaba_02.pdf
以下に状況時系列で、チベット支援者がまとめたものを紹介いたします。
- 2008年3月
3月10日、ラサ市街地へ歩いて向かったデプン僧院僧侶が弾圧を受け、弾圧への抗議
と更なる弾圧が繰り返されたのち、2008年3月14日、武装した治安部隊がラサ市民
に銃を向け、多数のチベット人が殺された。
3月16日、ンガバでもキルティ僧院の僧侶たちが街頭に出て、一般市民も加わり、大
きな抵抗活動となった。警察と軍隊は僧侶や一般市民にためらわず襲いかかり、殴
り、発砲し、路上もキルティ僧院境内も血の海になった。
- 2009年2月27日
キルティ僧院の僧侶タペー(ロプサン・タシ)が、ンガバの街頭で自らの体に火を
放った。3月10日、14日、16日の日付を前に僧院内で思想教育が強められ抑圧が高
まり、2月27日、チベット暦正月のモンラム(大法会)が中止させられたことに、焼
身自殺という形で抗議した。タペーは武装警察と軍隊に撃たれ、連行された。容体は
不明のまま。
- 2011年3月16日
16日午後、キルティ僧院の20歳の僧侶プンツォが、僧院から200mほどのンガバの
町中心部で焼身自殺をはかった。駆けつけた武装警察や私服警官、警察がプンツォを
取り囲み、警棒で激しく彼を殴打した。周囲の人たちや寺院から飛び出してきた僧侶
たちがプンツォを救い出し、病院に運んだが受け入れを拒否され、やむなく彼の身柄
を警察に引き渡した。当日の深夜になってプンツォは入院したが、彼の容体は回復せ
ず、17日午前3時に死亡した。
その後、プンツォの親族を始めとするキルティ僧院と関係者が次々に逮捕され、通常
の仏教修行に代わって「愛国愛教」活動(宗教信仰の前に国家への忠誠が先立つとい
う政治学習キャンペーン)が数日にわたり強制された。
- 2011年4月21日
4月上旬までに武装警察800人がキルティ僧院を包囲し、僧院を封鎖。地元住民たち
は、僧侶が大量に逮捕拘束されることを恐れて、4月11日から僧院の山門前に座り込
み、にらみ合いとなった。
21日午後9時半過ぎ、座り込んでいた地元住民約200人に、中国の武装警察の特殊警
察部隊(特警)が強行突入。阻止しようとした60歳男性と65歳の女性が殴り殺さ
れ、多数の重軽傷者が出た。僧院内へ突入した特警は僧坊を1部屋ずつ襲い、翌朝ま
でに300人以上の僧侶が拘束され、連行された。彼らの行方はその後も分かっていな
い。
アバ県中学(高校)でも学生たちが抗議のハンガーストライキを行ったが、すぐに校
内からの外出禁止措置が取られ、一時軟禁状態となった。当局は全生徒の教科書と
ノートをチェックし、一部を燃やした。
- 2011年5月26日
既に2ヵ月以上も武装警察がキルティ僧院周辺に配備され、当局が日々の修行や行事
に介入し、僧侶たちが不満を募らせる最中に、キルティ僧院の僧侶にひとりあたり
800元を毎月支給する計画を当局が発表。26日には最初の400元が支給されたが、
憤慨した僧侶たちは受け取りを拒否した。
- 2011年8月15日
カンゼのタウ(道孚)にあるニツォ寺の29歳の僧侶、ツェワン・ノルブが8月15日
チベット時間の12時30分すぎ、チベットでの中国支配と、中国当局のチベット人へ
の不当な扱いに抗議して焼身自殺した。タウ中心部のチュメ橋で、彼は「チベットに
自由を」「ダライ・ラマのチベットへのご帰還を」とチラシを配りながら10分間に
わたって叫んでいたという。
ニツォ寺の周辺や正門前にはその後、彼の死を悼む約1万人の群衆が集まり、配置さ
れた武装部隊と一触即発の状況になった。
- 2011年8月29日
アバ県法院(裁判所)はチベット人僧侶のツォンドゥに有期徒刑11年の判決を言い
渡した。ツォンドゥは3月16日に焼身自殺をはかったプンツォを匿い、必要な医療を
受けさせなかったとして「計画的殺人」で起訴されていた。翌日にはさらに2人のチ
ベット僧がそれぞれ13年と10年の判決を受けた。3人は3月の事件直後に当局に拘束
されていた。
- 2011年9月26日
26日10時半頃、アバ州の市場で「ダライ・ラマ万歳」「チベットでの宗教の自由を
ください」といったスローガンを掲げて抗議を行っていたキルティ僧院の僧侶ロサ
ン・ケルサンとロサン・クンチョクが自らの身体に火を放った。武警と公安が消火を
行った後、2人の僧侶は即座に連行された。ひとりは重体、もうひとりは現場で死亡
したものと言われているが詳細は不明のまま。
- 2011年10月3日
キルティ僧院出身の僧侶、ケルサン・ワンチュクがアバの市場近くで焼身自殺をはか
り、駆けつけた公安に暴行された上、連行された。目撃していた人々が抗議を始めた
が、武装警察が銃で威嚇し、解散させられた。ケルサン・ワンチュクは連行された
時、上半身にひどいやけどを負っていたといわれるが、その後行方不明になってい
る。
- 2011年10月7日
さらに二名の元僧侶が抗議のため、焼身。
(現在、詳細情報を収集中。8日に女性が焼身したという情報も届いています。)
※チベットを知る会の情報より
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